このシリーズは、9月に出版された同書のキーポイントを数回に分けてご紹介するものです。
まず背景からお話ししましょう。
著者は長年企業のCIO(Chief Information Officer: 情報部門責任者)として社員のIT教育、会社のIT戦略の立案、情報システムの構築・運用などに携わってきました。
企業のビジネス戦略においてITの戦略的活用は年々重要度を増してゆくテーマです。しかしテクノロジーは日進月歩であり、毎年新たなハードウェア、ソフトウェアが出現し、数年で新たなテクノロジーコンセプト、製品が続々出現します。そういう中で、厳しいビジネスの世界を乗り越えるためには、高付加価値でコスト効率に優れた情報システムの導入が文字通り社運を左右する一大事業であることには議論の余地はありません。
その過程において最も苦心したのは、経営者から新人に至るまで、すべての社員にどのようにしてIT・コンピュータ技術を正しく理解してもらうかという点でした。
社員のバックグラウンドは文科系/技術系、年配者/若者など多様多彩であり、コンピュータに関する知識と理解には大きな幅があります。そういう状況の中で、ビジネスに不可欠な範囲のコンピュータ技術の知識を過不足なく提供することは簡単ではありませんでした。
そのような背景のもと、詳しすぎずまた簡単すぎず、ビジネスに求められる最低必用限のIT知識をコンセプチュアルにまとめたものが「デジタル・ビッグバン」という考え方です。
細部の専門的な知識をすべて熟知するというアプローチではなく、ITの全体像を俯瞰し、山全体の構造を鳥の眼でとらえるという試みで整理した内容です。
第一回は「デジタル・ビッグバン」というコンセプトそのものについて整理します。
1980年代ころからはじまったデジタル技術の劇的な進化は、「デジタル革命」とか「コンピュータ社会の到来」などと呼ばれたりしますが、一言でその本質を正確に表した呼称は残念ながら見当たりません。特に以下の3つの本質的な特徴が明確に記述されていないのが現状です。
① この進化トレンドは一過性ではなく、今後も持続する現象である
② 変化の程度が加速度的であり、指数級数的な急速な性能改善が進行する
③ 複数のIT要因、つまりハードウェア、ソフトウェア、通信、データ処理などが、相互に反応しあう連鎖的現象である
こういう特性をズバリと表現する用語として著者が提言したのが「デジタル・ビッグバン」です。
この本を読んでいただき、「デジタル・ビッグバン」という考え方を理解していただければ、新入社員から中間管理職、そして経営層に至るまで、同じ企業・組織に属するすべての人たちが、未来に向かってとどまることのないデジタルテクノロジーの進化トレンドを、俯瞰的に把握できるはずです。それは、デジタル時代の勝者を目指すすべての企業にとって最も大事なことなのです。
では早速みてゆきましょう。
このグラフはデジタル・ビッグバンの特徴を明確に示しています。
ここには(1)ハードウェア的進化(「PCとスマートフォンの年間出荷台数」、コンピューターの頭脳とも呼ぶべきCPU上の「トランジスタ個数」)と、(2)ソフトウェア的進化(コンピューター処理速度の目安としての「クロック数」およびデータ通信の速度を示す「通信容量」)、そして(3)人間行動の進化(「世界のインターネット人口」)を示す指数が並べてプロットしてあります。
グラフの縦軸は「対数軸」と呼ばれる表示になっていますが、絶対値の対数(log)に変換すると、1000(キロ)は3目盛り、1,000,000(メガ)は6目盛りとしてプロットされます。科学分野では急激な変化を表すときに対数目盛のグラフがよく使われるのです。
したがってテラは対数軸の12目盛り、キロは3目盛りとなり、グラフ上で表面的には4倍にしか見えません。しかし実体的な差異は、10の9乗倍、つまり10億倍の違いなのです。
このグラフが示すメッセージは、1970年代半ばから2010年代の今日まで、約40年弱の時間の推移の中で、コンピューター性能は数千万倍から数億倍に改善されたということです。
しかもその変化は現在も進行中です。現在開発が進んでいる量子コンピューターが実現されると、現代のスーパー・コンピューターで数千年かかる計算が数分で処理可能になるといわれています。つまりコンピューター技術はこの瞬間も急速に進化しているのです。
「ビッグバン」という用語を採用する理由はまさにここにあります。宇宙はその誕生以来百数十億年を経過した現在でも膨張を続けているとされ、その現象をビッグバンと科学者たちは呼びます。現代のコンピューター技術の加速度的進化はまさにビッグバンそのものです。そしてその根本を成すものがデジタルテクノロジーです。
こういうわけで、現代のデジタル(コンピューター)テクノロジー全体の加速度的進化を、「デジタル・ビッグバン」と命名したわけです。
この図はデジタル・ビッグバンの全体構造を表しています。
集積技術によって微細化の極限まで達したコンピューターチップは、スマートフォン、IoT機器そして衣服や素材の中にまで埋め込まれ地球の人口をはるかに上回る数に達すると予想されています。それがハードウェア・ビッグバンです。
またソフトウェア処理はデータ通信と一体となり、数値、文字、動画、映像、各種計測値など世界のありとあらゆる情報を1・0の2値デジタル情報として、1秒間に数十億回を超える速度で処理し、そして通信により地球上に送信します。それがデジタルプロセス・ビッグバンです。
ちなみに最近にわかに脚光を浴びている人工知能(AI)も、コンピューター上の処理の一つです。そして、その処理アルゴリズムが人間の思考と同等、あるいは対象領域によっては人間以上に優れていることが注目されています。つまりAIとはデジタルプロセス・ビッグバンの中の、一つの注目すべき現象なのです。
そしてこの二つのビッグバンを通して生成されるデータ量は人類が過去に記録してきた情報量をはるかに上回る規模に達し、ビッグデータと呼ばれるようになりました。しかも、そのデータ量は現在のビッグデータ量をさらに上回る規模で日々増加しつつあります。それがデータ・ビッグバンです。
このように、ハードウェア、デジタルプロセスそしてデータという、3種類のビッグバン現象が、連鎖的に発生し、相互に影響しあいながらますます加速して進化している現象が、デジタル・ビッグバンなのです。
本書は、大きく2部構成になっています。
第一章から第六章までは、デジタル・テクノロジーの全体像を説明した技術書的な内容になっています。(テクノロジー編)一方、第七章から第九章までは、デジタル・ビッグバンの結果として社会はどのように変化しつつあるのかという視点で、社会学的な見地から解説、分析してあります。(社会学編)
大事なことは、本書に記述されていることはこの後、将来に向かってますます変貌・進化すると予測されます。今後、さらに新しいテクノロジーが出現する筈ですが、本書はその原点でもあります。
本シリーズ第二回からは、それぞれについて踏み込んで解説する予定です。
ご期待ください。
著者 中村重郎