100年に一度とも言われる新型コロナ・ウイルス(COVID-19)の感染が、21世紀世界の新たな脅威となりつつあります。
中国に端を発したこのパンデミック現象が、主要先進国・開発途上国の社会活動を大きく変貌させています。皮肉なことに、世界で最も科学技術の恩恵に浴していると思われていた米国社会は最悪の感染状況にあります。そして世界最強の軍事力を有する最先端国家でさえ、ウイルスという原始的で微細な敵に立ち向かう術をもたず、茫然自失しているのです。
都市封鎖や移動制限令が発令された世界中の主要都市では、感染防止のための”Stay Home “「自宅待機」が市民の守るべき大原則です。勿論、その結果として市民行動、経済活動は現代社会が過去に経験したことのない大きな制約の中に追い込まれ、この百年持続されてきた暗黙の社会パラダイムは機能せず、新たな社会概念の創造が強く求められています。これは伝統的な物質型社会のアキレス腱とでもいうべき弱点に他ならないのです。
しかし21世紀の人類は、前回20世紀初頭のパンデミック、スペイン風邪の流行時には存在しなかった新たな文明を手にしています。それがデジタルテクノロジーです。そして感染症という物質的な災害を克服する手段として、非物質的な情報社会特有の機能であるインターネットやウェブ技術を最大限に活用してこの難局を乗り切ろうと試み始めました。すでに多数の国や都市では、テレワークやウェブ会議の利用が急増し、SNSは地球規模の危機発生時の柔軟なコミュニケーション・ツールとしての価値を発揮しつつあります。
しかし物質型伝統社会からデジタル社会への移行に戸惑っていた国家や地域では、この非常時に際してデジタル・イノベーションの利点をスムースに活用できないことも露見しています。残念ながら日本社会もその一つです。人々の移動制約が顕著になる過程で再評価されたウェブ型ライフの拡大が望まれる中、日本のメディアは一斉に、デジタル社会化へ立ち遅れてきた日本社会の課題を報じ始めています。曰く、「ハンコ文化在宅勤務の壁」、「進まぬ遠隔授業、タブレットPC5.4人に一台」、「オンライン診療 普及に壁、規制改革・目に余る及び腰」など(以上 日本経済新聞記事より)、長年先遅れされてきた社会システムの本質的改革、そのためのインフラ整備、新規投資、人材育成などの課題が俎上に挙げられ始めたのです。
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筆者は企業のデジタル化推進の責任者として行動してきた長年の経験の中で、日本社会に最も欠けているのは社会人向けテクノロジー教育であるととらえてきました。学校教育の過程で学ぶことのなかった、しかし近代人として身に着けておくべき大切なテクノロジー、特にコンピュータ技術やデジタル・ツールなどの教育システムが十分ではないと分析してきました。その一助となることを願って、リカレント教育のテキストとしての「教科書」書物を世に送り出してきました。2017年に刊行された前著、「デジタル・ビッグバン、 驚異的ICT 進化のメカニズム」、そして昨年11月に刊行された第二作、「ウェブの民、未来へ向かう 21世紀のメガトレンドデジタル文化とは何か」です。
第 二作目となる本書は、地球上の数十億を超す人々の生活のすみずみにまで浸透した、コンピュータ処理を前提とする行動・思考様式、すなわち【デジタル文化】の本質を平易に解き明かそうとするものです。
本書を執筆した時点、および出版された昨年11月には、現在のようなパンデミックは全く想像の外でした。しかし、極端な物質的制約である移動の制限が現実となった今、本書で取り上げた「ウェブの民」の特徴である、「リアル/物質型環境と、デジタル/情報型環境の使い分け」の概念は、パンデミック渦中の現代人に大きなヒントを与えるものと確信します。中でも過去の多様なアナログ技術を基盤とする生活様式と、統合化されたデジタル・ライフの本質的な違いを理解することが多くの読者にとって、コロナ災禍を乗り越えるための何かの手助けとなることを切望します。
日本社会は、今回の災禍を社会変革のための好機ととらえこの艱難を乗り越えられると信じます。第二次大戦後の荒廃の中から、世界にリスペクトされる近代日本を築き上げた先人たちを範として、「ウェブの民」としての現代日本人全体が、さらに強靭な社会、国家を構築することを熱望してやみません。
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