第八章 未来社会の課題
★デジタル社会が抱える未来への課題
21世紀はデジタル文化が地球上で本格的に普及し始めた時代です。その具体的なインパクトを、ここまで文化の視点、経済の視点などから俯瞰してきました。しかし一方で21世紀は、本格的な情報社会の到来によって様々な社会的課題、リスクが顕在化し始めた時代でもあります。
本書の中では、過去には想像すらできなかった生活様式の出現と、それに対する人々の反応を何度も紹介してきました。勿論、その結果人々の暮らしは便利に、また経済的になり、そしてより豊かになっています。しかし、その反面、過去にはまず心配する必要がなかった、というよりも、そんなことが起きるとは想像もできなかった類いの新たな社会問題も出現し始めています。自分自身の個人にかかわる詳細な情報を、自分以外の人間が所有することなど20世紀には不可能であり、それを不安視することなどそれこそ杞憂でした。空が落ちてきたらどうしようなどとは、取り越し苦労だったのです。しかし、現代は空に「神の眼」があります。監視衛星は地球上の生物、機械など、動くものの行動を数センチの精度で詳細に把握できる機能を持ち始めています。その精度は年々向上し、いずれ顔認証で宇宙から個人を特定できる日が来るかもしれません。つまり「神の眼」が現実のものになりかけているのです。空から個人の行動を観察し、その実態を詳細に記録できるようになっています。問題は、そうして得られる細密な個人的情報を、本人以外の誰かが所有し、その情報が本人の知らないところで無断に使用される不安が現実のものになりつつあることです。
これは一例に過ぎません。過去には存在すらしなかった新たな「懸念」、「問題」が出現し始めているのです。過去に存在しなかったため、ほとんどの「問題」はまともに議論されてもいません。未来に向かう前に、これらにきちんと向き合う必要があります。
現在、世界で問題視され始めている、デジタル文化にかかわる課題は、次に示すいくつかの領域に分類されます。
◎垂直的文明の衝突:過去と現在の時間的対立
◎情報独占という新たな社会的脅威
◎民主主義の危機と国家の役割
本章では、これらの分野の新たな課題に注目し、どのような対応が求められるのか整理してみることにします。
★垂直的「文明の衝突」
★デジタル分断という社会格差の発生
文化は元来、きわめて地域的かつ保守的な一面を持っていました。それゆえに、あまりにも変化の速度が大きいと、人々は容易にそれを受け入れられない状況に陥りがちです。特に伝統的な文化なじんできた高齢の世代は、新時代の変化のスピードについてゆけず、従来の生活のパターンを維持しようとする傾向があります。
ここに示す図8・1の「生活の文化グラフ」の上で、デジタルビッグバンの結果、現代人の生活文化は大きく左上に向かうベクトルに沿って膨張していきます。しかしわずか数十年前までローカルな文化に長年慣れ親しんできた社会層は、容易に新文化を受け入れられません。そこに、明確な「文化の分水嶺」が出現するのです。(中略)
★ニューモノポリー(新独占)とテックラッシュ
★EUが先導する未来ルール作り
このような、地球規模で発生しつつある未来型社会リスクへいち早く対応を始めたのは欧州諸国です。デジタル情報化社会を危うくする未来型脅威を黙視することなく、ヨーロッパ諸国は、北米、アジアなどに先駆けていち早く動き始めました。
欧州連合(EU)は個人情報を保護し、その独占、無断使用などを排除するための新ルールとして、「一般データ保護規則」(GDPR)を2018年5月25日に施行しました。GDPR以前の個人情報の管理については、「EUデータ保護指令(Directive 95/46/EC)」のもと、EU加盟国それぞれが有する法律に委ねられていたのですが、各国間の差異によりビジネス面での不都合が発生し、EUとしてのデータ保護の統一的体系化が強く求められようになりました。そのような背景のもと、プラットフォームへの膨大なデータの集中が引き起こす個人情報の不当な乱用に歯止めをかけるGDPRという規約が、EU全体の合意として確立されたのです。
注目すべきは以下のような規定だ。
①個人データのEU圏外への持ち出し禁止
②個人が、提供した個人データを取り戻し、他の企業や組織に移すことを請求する権利(データポータビリティの権利)
③一定の基準に該当するデータに関し独立性や専門性を備えるデータ保護責任者の設置
④不要な個人データの消去を請求する権利(忘れられる権利)
⑤違反した組織に対する明確な罰則規定など
ここでGDPRの対象とする個人データとは、EU加盟国に居住する市民のみならず、出張滞在者や一定期間の赴任者なども含めてEU圏内で活動するすべての個人(データ主体)に関する一切の個人的なデータを指します。したがって日本企業を含め、EU圏内で生活する人々に製品やサービスを提供し、その契約などを結ぶ世界中のすべての企業に対して、この規則の順守が義務付けられたのです。そして早速、EU当局の本気度を示すような処罰事例も現れています。2019年1月、フランスのデータ保護機関は米グーグル社に対し、個人情報利用目的の説明が不十分であり、加えて個人情報の利用に関するユーザ合意の取得規定に違反している、という理由で5千万ユーロの制裁金を命じました。これは個人情報の保護が新たな時代に突入したことを象徴するものです。
一方、米国は当初欧州主導のGDPRには否定的な態度を示していました。次世代の情報化世界の覇権をめぐって中国と鍔ぜり合いを始めている米国は、EUが示した個人情報の保護指針GDPRには、自国プラットフォーマ支援の面からも簡単には賛同できない姿勢をとっていました。世界を代表するプラットフォームはこの両国を起点としており、その生み出す利益も無視できない規模に達しているからです。それゆえに個人情報保護の世界的基準を設定することには、中国同様、米国も及び腰だったのです。
しかし、ここにきて米国内でも新たな動きが始まっています。米カルフォルニア州は、GDPRをやや緩やかにした規定、「消費者プライバシー法(CCPA)」を2020年1月に施行します。その内容は、企業の行き過ぎたデータ利用に歯止めをかけ、個人情報の取得や売買を規制するものです。そしてカリフォルニア州の動きはいずれ全米にひろがり、CCPAが米国全体を対象とする新たな個人保護規制の連邦法のモデルになる可能性があるとも伝えられています。
個人情報という、20世紀までには存在しなかった情報資産の価値にどう向き合うか、世界的コンセンサスの確立までの旅は始まったばかりなのです。
★問い直される国家の役割
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