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『ウェブの民、未来へ向かう』第七章 【立ち読み用抜粋】

2019/11/29

第七章 未来を創る

この章ではデジタル文化が創造する「未来」について考察します。

 現在とは毎日一歩ずつ進む道の最先端です。そうして築かれていく道が続く先に未来があります。未来の生活は、現在の生活に何を加えるかにかかっています。新たな技術の出現は、過去になかった新たな生活の要素、つまりピースを付け加える。新たに加わるピースがあれば、消えるピースもある。往々にして何かが加わることで、何かが消えてゆく。そのような創生と消滅のプロセスを経た総合的な変化が蓄積し、未来が形作られてゆきます。

 未来の形を決定づける大きな要因のひとつは、新たに出現するテクノロジーです。過去になかった斬新な技術や発明を応用して、人々が想像できなかった新しい製品やサービスを創り出す企業や個人が、未来の姿に大きな影響を与えるます。未来は決して向こうで待っているわけではないのです。

未来の製品・サービスを創る

★未来を創ったもう一つの企業、アップル

★文化の遺伝子ミーム

未来を予測するためには、この先私たちを取り巻く生活の様式、つまり生活の文化にどのような変化が発生するのか、またそれを推し進める要因は何かを見極めることが求められます。

有史以来、世界中で様々な文化が出現し、あるものはすでに消え去り、あるものは姿を変えて現代まで継続しているのですが、そもそも世界の文化はどのような変遷をたどって現在に至っているのでしょうか。その変化のプロセス、つまり動態構造はどのような原理に支配されているのでしょうか。

急速に世界の文化が変貌しはじめ、デジタル文化が拡散しつつある今日、改めてその仕組みを振り返ってみたいと思います。

 文化人類学のなかでは、古くから文化の「変化」を説明する試みがなされてきました。19世紀後半にはダーウィンの生物進化論の考え方を人間の社会・文化に適用しようとする説が唱えられました。それが古典的進化主義です。しかし、この学説は結果的に、西洋文化が最も進化した段階にあり、様々な未開民族の文化はそこに到達しておらず、遅れた段階である、という西洋頂点の独善的発想に陥った結果、厳しい批判のなか消え去ったのです。その後出現した文化伝搬主義は、文化要素が民族から民族へ伝わってゆく、つまり伝搬してゆくという観点から、文化間の影響関係を論じようとしました。しかし、その論拠となった資料の不完全性が指摘され、これも表舞台から消えたのでした。

だが、世界の多くの文化が全く無関係に形成され、孤立したまま21世紀の現在に至ったと考えることは現実的ではありません。そのような反省から、文化の「変化」に関する議論は今も続いています。特に第五章で見たように、グローバリゼーションという地球規模の経済活動の越境化と均質化が、世界の文化間の化学反応を加速させている中で、新たな議論が始まっています。それがトランスナショナル論、グローバル化論、カルチュラル・スタディーズなどです。

 本書のテーマであるデジタル文化が、どのようにして既存の多様な文化と反応してゆくかを見極めるためのアプローチとして、本書では「文化の遺伝子、ミーム」という理論に注目します。

人類誕生以来の社会構造の変遷を、生物の進化論をヒントに解明しようと試みる理論が、二十世紀後半に出現しました。それが社会進化論です。1976年、イギリスの進化生物学者リチャード・ドーキンスは、その著書『利己的な遺伝子』の中において、「ミーム」という文化を進化させる「遺伝子的」情報に関する新たな概念を発表しました。ドーキンスは、「ある種の進化を生じ得る点で、文化的伝達は遺伝的伝達と類似している」と指摘するとともに、「我々が死後に残せるものが2つある。遺伝子とミームだ」と述べました。その中核をなすコンセプトは次のようなものです。

文化とは世代を超えて継承されてきた社会的情報の集合である。一方、ミームは人から人へ伝達される社会的情報の要素を意味する。そして、ミームをある人間集団が共有することによって社会に文化が形成される。第二章で見た通り、人類最初の文化を形成したミームは、主として衣食住に関するもので、生存を確実にするための「生活の知恵」の集合であった。それは集団が生存する地域の気象や地理的条件という制約を反映したミームであり、服飾文化、料理文化、住環境文化として21世紀まで世界の各地域において、世代から次の世代へと引き継がれてきている。

つまり文化の継承とは、共同体に属する構成員の中の、ある人から別の人へのミームの継承に他ならないとする考え方です。親から子へ、子から孫へ、隣人から隣人へと、世代を超えて受け継がれてきた知識が、共同体固有の生活様式、思考様式を伝承してきたというわけです。そして科学の進歩や新たな技術の出現は、ミームに様々な変化をもたらし、その内容を少しずつ、またある時は過激に変化させてきたと指摘します。

ドーキンスは、何万年にも及ぶ人類の歴史における社会および文化の進化現象を、ミームという名前の社会的情報の遺伝的継承というモデルを用いて説明しようと試みたのです。なお進化論的なネーミングであるため、前述の古典的進化主義と一見紛らわしいですが、ミーム論の実態は全く異なるものです。現代の遺伝子学は、最も優れたものが現代まで続いているのではなく、環境の変化に対応できたものが種を維持できるとし、そこには優劣の評価はありません。異なる環境であれば、異なる遺伝子型が生き残るという自然淘汰、つまり適者生存が原則です。したがってミーム論は文化の優劣に言及するものではありません。

さて文化が遺伝的な特徴を有することは、ドーキンスの説とは無関係に、すでに社会で広く認識されてきました。「わが社の遺伝子」とか「当組織のDNA」、「永田町の文化」、「本学の建学精神」などは、よく耳にする言葉であり、様々な人間集団の特性が、ミームによって世代を超えて継承されてきたことを「組織の遺伝子」などという表現で表現しています。いわゆる組織風土とか企業の社風などであり、組織文化と呼ばれるものです。それだけでなく、国民性や民族性などもミームによって育まれる文化です。その本質は、その国や地域で長年継承されてきたミームによって形成されるのです。

ミームは、会話、教育、儀式、書籍、マスメディアなど、広義の「教育と学習」を通して、一人の脳から別の人の脳へコピーされるもので、いわば遺伝子的役割を持つ情報です。それは、生物のDNAに埋め込まれた遺伝子情報に類似したものであり、遺伝子の複製と変化が、生存環境の変化を超越して生物の進化を促したように、ミームの進化が社会における文化的進化を形成するとされます。これがドーキンスの提唱するモデルです。

東京大学の佐倉統は、その著書「遺伝子vsミーム」の中でこう述べています。「ミームの概念によって、人間の思考はひとつの主体ではなく、多数のミームの複合体とみなせる」。そして「文化は世代を超えて継承されていく情報システムである」とも述べています。

生物のDNAは物質的遺伝子であり、その中に書き込まれた遺伝情報はゲノムと呼ばれます。これに対比されるのが、文化を遺伝する情報、つまりミームです。生物が親から子供へDNAを物理的に継承するプロセスに相当するものは、ミームの場合、先述したような教育と学習です。教育と学習を通してある人から別の人にミームが受け継がれるのです。生物の場合は誕生時に受け継いだゲノム情報の内容が死ぬまで変化しないが、ミームは教育と学習次第では、同一人物の中で変化が可能です。 ミーム論の大きな特徴は、文化を「進化するシステム」と位置付ける点にあります。

表7・1はゲノムとミームの対比を示しています。

そしてデジタル文化を分析すると、情報とともに技術という物理的・実体的な要素も、文化の形成に重要な役割を果たしており、新たな技術の出現が新しいミームを生み出す原動力になっていることが解ります。デジタル文化は出現して日がまだ浅いのですが、その誕生の契機になったのは、間違いなく過去に存在しなかったデジタル技術の出現です。そしてそのテクノロジーが新たなミームの創造と継承につながっているのです。

ラジオや音楽プレーヤを屋外に持ち出し、新時代の音楽文化を生み出したソニーのモバイル・ミームはアップルに受け継がれました。同じようにNTTドコモのiモードは、インターネットの世界を人々の携帯電話の中まで拡大しました。そして、そのポケタブル・ネットというミームは、AndroidやiPhoneに受け継がれ、今日のスマートフォンの隆盛を生み出したのです。つまり、ミームはテクノロジーを取り込んで進化し続けるのです。

★ミームと「守・破・離」

★企業ミームの優等生:米国J&J

★デジタル・ミームの特徴

★未来社会へのヒント、未来クルマ・ミーム

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