第六章 デジタル律とブロックチェーン
この章では通貨のデジタル化というトレンドと、それを支えるテクノロジーについて紹介する。
物質からデジタル情報への変化の流れは、お金、つまり通貨の分野でも始まっている。モノから情報へ社会が移行する液状化社会の究極は、「お金の情報化」である。最近よく目にする仮想通貨の出現が、その典型例だ。しかし、情報化した通貨を社会に流通させるためには、解決すべき様々な課題がある。
近年注目され始めたブロックチェーンというテクノロジーは、通貨の情報化に関する「絶対的正確性の確保、および完璧な安全性管理」という難しい問題の解決法として考案された。そしてブロックチェーンは、「通貨の情報化」というテーマに留まらず、通貨と同レベルの情報の真正性および安全性管理が求められる社会領域においても利用できるのではないかという認識が高まりつつある。
個人の戸籍、資格、収入、財産、裁判記録などの情報や、社会全体の公式記録、許認可情報、公的機関の活動記録などの「クリティカル情報」は、完璧に真正性を維持することが強く求められる。そのためこれらの情報は、これまで主に国家やしかるべき公共性の高い機関によって、中央集権的に管理されてきた。
しかし、ここ20年ほどの間に世界で発生している深刻な社会問題は、その多くが、これらのクリティカル情報の偽造、漏洩、隠匿などに関係している。日本だけでも、年金情報、食品消費期限、建築設計図面、裁判資料、有価証券報告書、企業の決算書類、国会記録、製造会社の検査データなどの消失、偽造が相次いでおり、大手企業、国家機関への信頼を大きく揺るがす不祥事が後を絶たない。そして、このような事件が頻発することは、情報化社会が拡大する中、重要な社会情報の正確、厳密な管理を、恣意的にゆがめる抜け道が存在することを意味している。それは、深刻な社会リスクそのものだ。さらに、これらの不祥事に、政府機関の職員や、企業の重要な職責をゆだねられた社会的エリートが関与しているケースが多いことも深刻な問題として受け止められている。ここに挙げたような社会活動の根幹を成す重要な情報の偽装や隠匿という不祥事が多発しているという事実は、現代においては人々が社会の専門家システムを盲目的に信頼できない状況になりつつあることを意味する。
この点において、仮想通貨の正確な情報管理のために考案されたブロックチェーン技術は、社会の様々な分野において不可欠となる、「絶対的正確性を備えた情報」の厳格な管理のための切り札になりうるのではないかと期待されているのである。
この章では、情報化社会のアキレス腱でもある、厳密な情報管理ということについて概観する。またブロックチェーンと、ほかのデジタル技術をミックスして、多くの社会的リスクを回避するアプローチについても言及してみたい。
★デジタル情報としてのお金・通貨
★ブロックチェーンが実現するもの
★揺らぐ中央集権型国家システムへの信頼
★ブロックチェーン国家エストニア
★デジタル律という試み
ブロックチェーンの活用は情報の完全性の確保にとどまらない可能性を秘めている。様々な業務プロセスの中にブロックチェーンを埋め込んで、自律的で厳密な規範順守を実現する方法なども提案され始めている。
ブロックチェーンが持つ優れた機能を、現代の他のテクノロジー、例えばIoT(モノのインターネット)と組み合わせて活用すると何ができるだろうか。
進化するIoTは、計測(センサ)機能、通信機能そして情報処理に基づく制御機能を備えている。このIoTにブロックチェーンを加味すると、こんなことが可能になるのだ。
①まず、センサが計測した真実のデータをベースにして
②その作業・処理に必要な正式な資格を有する組織や人が、
③法律や規則に明記された手順・アルゴリズムに厳格に準拠して、
④正確な経過を記録しながら実行し、
⑤作業の結果データを規則通りに記録・保存し、
⑥最終的に定められた機関・組織に公式に報告する
このように、本来あるべき行動が、進化した機器類と人間の連携を通して、実現可能である。
そういう過程においては、このパラグラフの太文字部分は、ブロックチェーンが担当する。
そこでは、恣意的な手順変更や無資格者の作業は不可能となり、作業の経過、最終状態のデータは正確に保存され、そして関連部門の結果検証と最終報告が確実に履行されるのである。
このことはあたかも作業実行時に監査システムが同時に働いているような状況だ。これは「埋め込まれた監査システム」とも呼ばれる。つまりデジタル律とは「埋め込まれた監査システム」そのものなのだ。そのようなシステムが近い将来、社会の多くの領域に出現するのは時間の問題だ。
例えば運転免許を喪失した人がクルマを動かそうとすると、クルマのシステムは顔認証でドライバーが誰であるか特定し、ブロックチェーンを参照し、その人の免許所有情報をチェックする。運転資格がなく、許可できないと判断すると、クルマを起動させない。
同様に規定以上のアルコール濃度がドライバーの呼気から計測された場合も、クルマは言うことを聞かない。システムはブロックチェーンに記載されている運転時の許容アルコール濃度を参照し、規定値を超えたアルコールが検知された運転者は違法ドライバーと判断する。
情けない話に聞こえるが、よくよく考えると実は人間が助けられているのだ。規則違反をしようと思っても、許可されないわけだ。「つい出来心で」や「うっかりして」が発生しない。つまり悪いことができない状況が自動的に出現するのである。
★デジタル律とIoT・AIのリミックス
★フェイスブックが提唱するデジタル通貨「リブラ」
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